仮面の忍者赤影の特撮シーンは楽しかったです
特撮といえば円谷プロの特撮が有名です。私の世代ならウルトラマンシリーズがありました。その特撮にまけないくらい手作り感満載の仮面の忍者赤影がありました。子供の時、熱中しましたね。大人になってDVDをみるとピアノ線やら特撮の雰囲気がよく現れているシーンを見るのがとても楽しいです。職人技というやつでしょうか。

赤影役の坂口祐三郎(徹郎)さんが後年、撮影秘話を語っていました
ほとんどスタントマンを使っていなかった
仮面の忍者赤影のアクションシーンはたくさんありました。爆発、飛ぶ、殺陣など、このようなシーンはスタントマンなしで演技されていました。この昭和の時代は自分のことは自分でするというポリシーだったようですね。しかし空中3回転はできなかったようです。このシーンはプロのスタントマンに頼んだらしいです。
空を飛ぶシーンは全て自分でする。よくわかるのがDVDで仮面の忍者赤影のドラマを見ているとピアノ線が良く見えます。見えるということは合成ではなく実際に撮影しているということになります。見えた分だけ本当に自分で演技をしているということになりますね。
怪我が多かった
これだけ自分でスタントしていると怪我が絶えなかったようです。切り傷、捻挫はいつも、骨折、脱臼というのもあったようです。聞くだけですごいです。今の時代ならOUTです。制作中止といったところでしょうか!

爆破シーンは本物だった
仮面の忍者赤影のドラマの中で、何回も爆破・爆発シーンがでてきました。昭和の時代はCGなんてなかったので本物の爆発・ダイナマイトが使われていたようですね。今の令和の時代では考えられないですが・・・坂口祐三郎さんも後年、本当にこわかったというようなことを語っておりました。

撮影秘話 撮影時間は長かった
仮面の忍者赤影は1話制作に1週間ぐらいかけていたようです。第一話、第二話は約2か月ぐらいかかったようです。当時の倉田監督の特徴だったということも坂口さんは言っていました。
逆に撮影が短かったというのは根来編の第3部の「忍法石仏」でただ石になるだけでトリックを使って4日で仕上がったらしいです。
高いところからの飛び降りシーン
これはトランポリンで20日ぐらいぴょんぴょん飛んだりしてそれをつなぎわせていたようです。そうすると高いところから飛び降りてくるシーンになるようです。
ロープを使って降りるのも大変だったようです。手は裂けていたようです。そのため手が傷だらけで手のアップはとれなかったようです。
坂口祐三郎さんが赤影の中でつらかったシーンはこれだ
ピアノ線に電気を通すシーンだったそうです。よく赤影が空中を飛んで手首を返して砲弾、砲撃するシーンのところです。この空中シーン、ピアノ線でつっているのですが、このピアノ線に電気を通す、火薬を爆発させる(手首から火花がでる)仕組みです。ピアノ線は何もない時は強いのですが電気を通すと弱くなってつっていた線が切れるようです。(赤影自身は下で受け止められる)この切れるのがわかってて撮影するといういのは緊張て顔が硬直するらしく坂口さん自身撮影の時、硬くなるようです。吊っているとき空を飛ぶシーンなので体を伸ばしている状態です。落ちるときは本人は体を丸めて(受け身を取る)落ちたかったようですがそのまま伸びた状態で下に落ちるようです。これが緊張したと後年言っておられました。
まとめ
いろんなことがあっても現場は楽しかったんですね。楽しみながら番組つくりを製作スタッフ、俳優陣ともどもやっていたんだと思います。仕事としてみんな思っていなかったような気がします。だから後世に残る名作が生まれたのだと思います。チームワーク抜群だったでしょうね。うらやましい限りです。後年、色んな影響を及ぼすスタッフさんの若かりし時代のテレビドラマ。一生懸命さが伝わります。仮面の忍者赤影は永遠です。
まもなく大老になろうとしている私自身、あと何回DVDをみるのだろうか ?
毎年最低1回は見るんだろうなと思います。あと20回以上見れるように健康に注意していきたいと思います。


コメント